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東京地方裁判所 昭和29年(ワ)4867号 判決

原告 篠春

被告 佐々木貞 外一名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は被告等は原告に対し別紙第一目録記載の土地をその地上に存する第二目録記載の建物工作物を収去して明渡せ、被告等は原告に対し昭和二十九年三月二十七日以降土地明渡済に至るまで一箇月一坪金二十円の割合による金員を支払え訴訟費用は被告等の負担とするとの判決並に仮執行の宣言を求め請求の原因として次のとおり述べた。

別紙第一目録記載の土地は原告の所有であるが原告は昭和九年八月二十五日被告佐々木貞に対し期間二十年賃料一箇月金九円十銭毎月末日払の定めで賃貸し現在は賃料一箇月四百五十四円九十六銭(坪当八円)となつている。被告貞は当初より本地上に建設し被告なつをして長崎幼稚園を経営せしめて被告両名は該土地を使用収益している。

右賃貸借契約は昭和二十九年八月二十五日を以て二十年の期間が満了するのであるが、原告はかねてより後記の理由から自己使用の必要に迫られていたので、すでに昭和二十八年七月二十三日右契約更新を拒絶する旨を通告し、さらに同年八月十日更新拒絶の通告をなし、右は即日被告貞に到達した。しかるに被告等は、あらかじめ原告より改修築を承認しない旨を通告されながら原告に無断で、昭和二十九年三月中、本件土地上に存する建物の内朽廃に頻せる木造瓦葺平家一棟建坪十七坪五合の屋蓋を撤去し改修築に着手したので原告は堅くこれが中止方を伝達したのにかゝわらず、被告等は近い将来本件土地を期間満了により或は建物朽廃による賃借権消滅のため本件土地を明渡すべき義務の存することを知悉しながら、強引にその使用継続を画策し僅か十数日の間に新築に近い程度の補強工作をなし、剰え二階を増築落成せしめ別紙第二目録記載のような建物としてこれを所有するに至つた。

本件賃貸借契約には賃借地上の建物朽廃せるときは期限満了をまたずして賃借権は消滅し、賃借人は直ちに賃借地を返還することそして賃借地上の建物の改修築の場合には賃貸人の承諾を得べきことこれに違反すると賃貸人は催告を要せず賃貸借契約を解除し得る旨の特約がある。よつて原告は右特約に基き前記無断、増改等工事につき昭和二十九年三月二十五日、被告貞に対し内容証明郵便を以て本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をなし、右郵便は同月二十七日同被告に到達した。よつて本件契約はそのときから消滅し、被告等は右土地を使用する権原を失つたので被告等は前記建物を収去して本件土地を明渡し、且、右の日より右明渡完了に至るまで、賃料相当の一箇月一坪につき金二十円の割合による損害金の支払いを求める。

仮に右主張が認容せられないとしても、前記原告のなした本件賃貸借更新拒絶は次のような正当な理由がある。すなわち原告は現住所において質屋を営業しているが、近時自動車オート三輪車等の入質を希望する者が急増しこれらの顧客の請求に応ずるためにはその保管の車庫が絶対に必要とされるがこれを建設する敷地がないので右需要に応じ得ず、営業上多大の支障を来している。しかし本件土地が原告の住所地に隣接して存するのでこれが明渡を得れば車庫用敷地や通路として使用しこの需要に応ずることができる。一方被告等の事情をみると本来本件土地は住宅建設の目的で被告貞に賃貸したものであるが、同被告は原告の明渡請求を潜税する意図の下にその地上の建物の所有名義をその妻たる被告しつとし、その後被告等は本件土地の近隣に別に居宅を所有し、ここに居住するに至り本件土地の明渡をしても住生活に困難するわけは少しもないのである。以上の理由からして原告の更新拒絶は正当な事由があるので本件契約は期間満了により終了したのである。よつて以上いずれの原因からしても原告の本訴請求は正当である。と述べ、

被告等の主張事実を否認し、被告等が昭和二十六年六月九日原告との間に合意により賃貸借が更新されたというのは本件の土地についてでなく、この土地に隣接する、さきに原告より被告貞に賃貸した百四十九坪七合三勺についてである。当時本件土地については未だ賃貸期限が到来していないので、この賃貸借を更新せしめるいわれはないと述べた。

立証として甲第一乃至第四号証第五乃至第七号証の各、一、二第八号証第九号証の一、二第十号証を提出し証人吉田栄三郎の証言原告本人尋問の結果(一、二回)及鑑定の結果を援用し乙第九号証の成立は不知、その他の乙号各証の成立を認めると述べた。

被告訴訟代理人は原告の請求を棄却するとの判決を求め答弁として原告主張事実中、原告主張の土地がその所有に属すること、原告主張の日に原告と被告貞との間に右土地につきその主張のような内容を有する賃貸借契約が締結せられたこと、原告主張の日その主張のような本件賃貸借契約の更新を拒絶する趣旨の通告を受けたこと、被告貞が本件地上に建物を建築し、その妻被告しつをして長崎幼稚園を経営せしめて被告等が本件土地を使用占有していること、被告貞が、原告主張の日頃その主張のような改築工事をしたこと、被告貞が原告主張の日本件賃貸借契約を解除する趣旨の内容証明郵便の配達を受けたこと、の各事実はこれを認めるが、その他の点を否認する。

抗弁として本件賃貸借は、昭和二十六年六月九日原告と被告貞との間に合意による更新がなされたので、本賃貸借の期限終了後引続き二十年間本賃貸借は存続する。なお原告主張のような無断増改築をしないという約束が本件賃貸借契約証書に記載されているとしてもそれはいわゆる例文であり当事者を拘束する力はない。被告貞は前記のように本件賃貸借が更新されているので幼稚園の施設として必要な増改築をしたのである。また借地法にいわゆる更新拒絶の正当事由とは社会実態から当事者双方の立場を考慮して決定せらるべきものであるが、原告のいうような質屋業者に自動車々庫建設は必要要素ではないし、しかも原告はその居住地或はその附近に広大な空地を有しているに反し被告貞が被告しつをして経営せしめている幼稚園は公共的事業であり、しかも幼稚園の経営にはその施設等に制約があるので今原告の要求に従つて本件増改築した部分を収去し本件敷地を返還せんか、監督庁より許可の取消を受けるおそれがある、以上のような双方の事情を考慮すれば本件の更新拒絶には正当の事由のないことは明白である。なお原告は昭和三十二年二月四日以降質屋営業を廃止していると述べた。

立証として、乙第一号証第二号証の一、二第三号証第四号証の一、二第五乃至第九号証第十号証の一、二を提出し被告佐々木貞尋問の結果(一、二回)被告佐々木なつ尋問の結果を援用し甲第八号証第十号証の各成立は不知その他の同号各証成立を認めると述べた。

理由

別紙第一目録記載の土地は原告の所有であること、原告が昭和九年八月二十五日被告佐々木貞に対し右土地を期間二十年の定で賃貸した事実及び被告貞が原告主張の日頃右土地上の建物につき増改築をした事実は当事者間に争いがない。

そこで右増改築行為に基いて原告は右賃貸借契約を解除することができるかどうかの点について判断をする。

成立に争のない甲第一号証によると本件賃貸借契約証書には「借地内の建物の新築増築又は大修繕をなす場合は賃貸人の許諾を受くべきこと」という約款のあること、なおこの条項などに違反すると賃借人は催告を要せず本契約を解除せられるも異議なき旨のさだめのあることを認めることができる。

被告等は右約款は例文であると主張するが右約款は公正証書により記載されていることは成立に争のない甲第一号証により明白であるし、全証拠によるも右約款を以てその成立の経過その他の理由からしてこれを例文であると認むべき根拠は少しも発見されないのでこの点の被告の主張は採用できない。前記のような賃借地上建物の改修築には賃貸人の承諾を得べき旨の約款の効力については判例学説において争いがあるが、当裁判所は、かような約款は借地法が借地人のために賃貸借契約の更新を助長し或は建物買取請求権を肯定した法意をくぐりのがれようとするものでありすなわち結局借地法第十一条にいわゆる借地権者に不利なる約款としてこれを定めざるものと看做すべきものと解する。思うにこの趣約款は賃貸人が建物の朽廃に対する賃借人の防禦策を制肘し土地賃借権の可及的速かな消滅を希望し、或は賃貸借の期限満了に際し、建物買取費用の軽減をはかる意味で好んで利用する約款ではあるが借地人が地上建物の朽廃を防ぐためにこれに改修築を加えることは地主にとつて建物朽廃による借地権の消滅の好機を失うことになつてもまたその改修築により賃貸借終了の場合の買取請求額の増大を結果することになつても国家経済上その不利益はむしろ地主側において負担すべきものといえよう。ただ増築の場合は多少問題となり得るが、本来土地賃借権はその契約の目的で定められた範囲内で自由に当該土地を使用収益し得るのが建前であるのであるから例えば普通建物所有を目的とする賃貸借の場合に堅固の建物を築造するとか一般住宅を目的とする借地契約の場合に後に工場を建築するというような場合は格別(それは借地権の価格や地代などに影響するから)既存の建物が手狭まになつたので同じ使用目的の下にこれに縦或は横に拡張を加えるが如きは本来土地賃借権者の自由になし得る範囲内に属すべきで、地主の土地返還を受ける便宣上からこれに干渉する権利を認めるのは借地法の精神からいつても許されないものといえよう。もつとも借地法第七条の存在を以てこれに反対することも考えられるが、同条が地主に容かい権を与えたものは、同条所定のように建物滅失した場合に限るのであるがそれはすなわち建物滅失の場合には賃借人においてともかく土地使用の将来の継続を一応しや断された状態に立至つたが故に地主にかような干渉権を与えたものに外ならない。しかも遅滞なく異議を述べたことを要件とし非常に控え目に、従つて同条の存在することを以て一般の増改築の場合にも地主に干渉権を認める根拠とはなし難い。建物の増改築により建物の買取金額が増大され事実上その買取が因難となることはあつても、法律上はそれだけ価値多きものを地主において取得することになるのであるから、これによつて賃貸人たる地主に対し不当に損害を与えることにはならない。またもし借地権者にして更新拒絶を不当に排除するためとか、或は地主をして不当に建物買取の負担を増大せしめることを目的として、増改築に及ぶ場合の如きは、更新拒絶の正当事由の判断においてしんしやくすべく或は買取請求権の濫用として処遇することもできよう。

以上述べるように借地人の増改築に対する干渉は地主において当然肯認せられる本来の権能とは称し難いので右増改築等を地主の承認に係らしめる契約は結局借地権者に認められた更新請求権や買取請求権に及ぼす借地権者に不利な契約条件というべく従つてこれを定めざるものと看做すのが相当であるからである。

よつて前記特約の存在を前提とする本件契約解除の主張は理由がない。なお被告貞のなした改造築行為が、借地契約期間満了の少し前になされたものであるとはいえ後記認定のように右借地契約は昭和二十六年六月中既に更新する旨の当事者の合意がなされてあり且つ、被告本人佐々木貞尋問の結果(二回)によると、本件の増改築というのは保育室の階上に母の会の会合場、図画の展覧会、小学校進学のための音物教育に使用する目的で従前の階下部分はそのままとし四隅の柱を二階の柱とボルトで止めて二階を増築したものであるが、前記のように本件借地は更新されるこことなるし、また園児たちの休暇である三月中に完成すべく改築を急いだものである事実が認められる。従つて、他に特段の事情のない限り、同被告の改築行為には権利濫用や信義則に反するものありとして咎められるべきものはない。

次に契約更新の点について審理する。

成立に争いのない甲第一号証第九号証の一、二、乙第一号証、第三号証第八号証に被告貞(一回)同しつ各本人尋問の結果を綜合すると被告貞はいずれも幼稚園建物の敷地とする目的で先ず昭和六年四月二十八日原告より本件土地に隣接せる宅地を二口にして百二十三坪一合と二十六坪六合三勺の部分とし、期限を何れも昭和二十六年四月二十七日と定めて賃借し(前者については公証人前田久次郎作成第六二三一五号後者については同公証人第六五一五〇号として別個に公正証書の作成嘱託をなす)次で昭和九年八月二十五日右土地に隣接している本件土地五十六坪八合七勺を同一目的を以て期限昭和二十九年八月二十五日迄と定めて借増をし同公証人第七一八〇九号による公正証書の作成嘱託をなした被告貞は昭和二十五年七月三十一日附で原告より前二口の賃貸借は昭和二十六年四月二十七日に、また後の本件賃貸借部分は昭和二十九年八月二十五日限りで期限満了するからそれぞれ期限満了の日に契約を解除するも本件土地を引続き使用希望に対しては別に協議の上契約更新の用意ある旨の通知を受けた。そこで被告貞は原告と種々折衝の末昭和二十六年六月九日、本件以外の前二口の借地契約については既に期限到来しているので直ちに更新し、本件の分は期限到来と同時に当然契約が更新せられる趣旨の契約が成立した事実を認めることができる。

原告は更新の約束の成立したのは前二口の賃貸借部分に限り当時未だ期限の到来のない本件賃貸借はこの限りでないと主張し、原告本人尋問の結果証人吉田栄三郎の証言の内にはこれを肯定するが如き部分はある。しかし、右更新に関する契約書(乙第三号証)の内容には

「地主篠春を甲とし賃借人佐々木貞を乙とし契約更新に付当事者間に左の条件で特約をする

一、甲は乙に対し豊島区要町二の一五の二宅地二百六坪六合の更新する

二、右借地の内百四十九坪七合三勺は昭和二十六年四月二十七日期間満了したるに付その翌日より満二十ケ年の期間を更新する(公正契約証書第六二三一五号分)但し地代は坪当り金二円を値上し坪当八円として同年五月分より値上地代とす

三、残地の五十六坪八合七勺の地代は昭和二十九年八月二十五日迄据置きとし、期限を更新して地代の高低を定めるものとす

(公正契約第六五一五〇号分)

四、第二項第三項の各宅地に付き其他の条件は各公正証書の条件を承継して更新することを約す

その他省略

(但し右書面中公正証書番号には誤記あり特に第六五一五〇号とあるのは第七一八〇九号のあやまりであることは前記第一号証第九号証の一、二中掲記の公正証書番号の比照や証人吉田栄三郎の証言によるも明かである)

と記載せられあり、右の文言と被告双方本人尋問の結果を参酌すると、右更新の約束当時は本件賃貸借分は未だ期限到来しないので、地代はそのまま据置きとするが期限満了とならば相当の地代の値上を以て従前の条件通りこの契約の分も当然更新する趣旨のものと解するのが相当である。しかして、期限満了前に予めなされたかような更新に関する契約を無効とする少しの理由もない。また成立に争いのない乙第八号証に被告本人佐々木貞の陳述(一回)を綜合すれば、同被告は少くとも昭和二十七年五月以降は本件借地につき期限未到来の内にその地代の値上を受け本件土地五十六坪八合七勺を含む全借地につき坪約八円の割合による計算で地代を支払つていることを認め得るが、かような事実も本件土地の契約の更新の約束のあつたことを推認する一つの資料とすることもできよう。もし原告主張のように本件土地については期限後改めて更新の意思表示を必要とする趣旨であるならば、前記乙第三号証に先ず本件土地を含む全借地二百六坪六合の更新をする大原則を掲げるいわれはないと見なければならないのである。

よつて本件契約は前記昭和二十六年六月九日の合意を以てその期限到来と同時に更新されたものというべく、従つてその期限満了による賃借権の消滅を前提とする原告の本訴請求部分もまた爾余の争点につき判断をするまでもなく失当であるといわれねばならない。

そこで原告の本訴請求はすべてこれを棄却すべく、民事訴訟法第八十九条を適用し主文のように判決をする。

(裁判官 柳川真佐夫)

第一目録

東京都豊島区要町二丁目十五番ノ二

一宅地 四百二十八坪一合五勺

の内五十六坪八合七勺

但し南側線原告の宅地境界線に接し五間西側線原告の店舗通路の境界線に接し十間八分北側道路に面する境界線五間五分

東側線被告本件外使用地境に接し十一間四分八厘の線に囲まれた部分

第二目録

東京都豊島区要町二丁目一五番地二所在

一木造瓦葺平家一棟

建坪十七坪五合

実際は

同所同番地所在

一木造瓦葺二階建一棟

建坪十七坪五合

二階十七坪五合

附属

木造板葺堀立バラツク建

奥行一間 間口六間

東側六間には戸その他のかこいなし

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